大学生は意味の無いものを勉強するべき。

491215300_5ba585a5ea_b僕は現在、理学部物理学科の4年で、素粒子論研究室に所属しています。
素粒子という分野は、将来物理の研究者になろうと考えている人以外、勉強して直接的に得するものはありません。
だから、物理学者になる気のない僕にとって、素粒子の勉強など、意味のないものです。

しかし、僕は素粒子物理のような難解な物を、あれこれ考えながら勉強するのは好きです。
素粒子を勉強し始めると時間がいつもより速く過ぎていく感覚があります。素粒子をはじめとした物理の勉強は、将来の役にたつ訳ではないけれど、やっていて楽しいです。

意味がないことを勉強できるのは学生のうちだけです。
だからその人にとって「将来を考えたら意味のないことだけど、勉強したい」ものを、学生のうちに勉強するべきです。
学問は全て突き詰めたら、現実世界とかけ離れて、実用的な意味が薄まっていくものだと思います。
だから大学で勉強する学問を、なにかを達成する為の手段と捉えるのではなく、目的とするべきです。

働き始めて、家族を持つようになったら、なかなか自分の愉しみだけのために、なにかを勉強することは出来なくなると思います。
意味のないことを勉強できるのは学生の特権です。
社会人になったら、意味のないことに没頭できる学生が羨ましくなるはずです。
学生の時に勉強しなかったから、社会人になって後悔することのないように、今のうちに学問に没頭しましょう。

とは言え、素粒子のような直接的にはなにも役にはたたないような学問でも、間接的には役に立つと思います。
学問は自由です。大学ではテストで何点取らなきゃいけない、という最低限さえクリアすれば、あとは自分で好きなように勉強できます。この自由の中で、自分が選ぶ勉強する分野、時間などは勿論個人によって差が出てきます。

学問に没頭することによって、その人特有の考え方が産まれ、人間的な深みが出てくると思います。

抽象的ですいません。けれど本当にそう思うのです。

これは資格の勉強など、直接的に役にたつものを勉強することとの大きな違いです。
資格の勉強などは、テストの点数など、ある共通のものを目指して、みんな同じことを勉強します。
そんなことをやっていたら、その人のオリジナリティーなど産まれるはずがありません。

意味がないことを心の底から理解し、受け入れたうえで、それでも没頭できる物を勉強する時に初めて、神秘的な何かが産まれる気がしてしかたがないです。

その「神秘的な何か」を具体的に説明することは出来ないので、説得力ゼロかもしれません。
しかし、僕が素粒子物理という意味の無いことに、ある程度長期間向き合って出した考察がこれです。

では!!

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