勉強は宗教と似ているかもしれない。

勉強に没頭することって宗教にはまり込むのと似てるなと思った。

次の2つの点において、

1、精神的な安定を得られる点。
 宗教の存在意義は神様に従っていれば幸せになれる、間違いないと思っているから、精神的な安定が得られること。日本で自殺が多いのは無宗教の人が多いからだ、って言われることが良くあることが示すように、宗教を信じることは心の安定に繋がるし、病む可能性を低くすることができる。
 勉強も似たような所があると思う。
 勉強してると将来に役立ってるような気がして、もしくは自分が成長しているような気がして、安心することができる、って人ちょっとはいると思う。
 僕は高校三年生の時に受験勉強に没頭していたんだけど、今考えるとそうしなきゃ自分の将来が不安だったからかもしれない。つまり、精神的に不安定にならないために勉強していた。だから起きてる時間はずっと勉強してるという、今考えると異常な行動ができた。こんな状態だと勉強の効率は格段に下がるよね。勉強が精神的な安定を得る為の道具になってることに気が付かない人は危険だと思う。

2、答えが決まっている点。
 宗教はこれさえしておけば神様に救われる、という絶対的な正解が決まっている。
 勉強も同じで、大方の受験勉強、資格勉強は答えが絶対的に決まってる。もちろん例外はあるけれども。
 

以上2つの理由から、勉強と宗教って似てるかも?と思った。

似てると思っただけで、勉強に没頭することや、宗教に入ることを批判している訳ではありません。

勉強することで精神的な安定を得られるなんて人は超ストイック型のドМ人間で、少数な気がするけど、自分がそうだったから残しておこう。

これは勉強だけに限った話ではないかもねっ

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