マズローの欲求段階説

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マズローの欲求段階説について考えたいと思う。
アメリカの心理学者マズローが「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生き物である」と仮定し、人間の欲求を5階層で理論化したもの。

英語の勉強も兼ねて、
1、生理的欲求(Physiological needs)
2、安全の欲求(Safety needs)
3、所属と愛の欲求(Social needs/Love and belonging)
4、承認(尊重)の欲求(Esteem)
5、自己実現の欲求(Self-actualization)

某大手塾の研修でこの説明があったんだけどその通りだと思った。

俺は生理的欲求と安全の欲求は親のおかげで難なく満たせているんだけど、3、4、5に関してはその欲求の思うがままに行動していたことがあったりなかったり。

3の所属と愛の欲求が人間誰もが求めるものだということは満場一致だと思う。でもこの所属と愛を両方求めるのか、どっちか求めるのかは人により異なるように思えるよね。
愛(love)だけ満たされれば所属はいらないって人は結構いると思う。例えば、ひっきりなしに恋人はいるけどなんのコミュ二ティーにも属してない人。
逆に所属だけ満たされれば愛はいらないって人も結構いると思う。例えば、サークルとか部活人間で異性に興味がない人。
両方求める人もいるよね。実際はみんな両方求めてるんだけど、そううまくはいかない物なのかもしれない。

4,5の間には罠があると思う。
 例えば受験勉強。超難関大を目指して猛勉強してる高校生は「5の欲求のため!」と思ってるかもしんないけど、実際は4の理由のためなんじゃないかな。大多数の高校生は東大生である自分を実現したい!というよりは、まわりに尊敬されたい!と思ってるんだと思う。自分がそうだったし周りもそんな感じだったから。
受験の場合は圧倒的に承認の欲求がための人が多いと思うんだけど、他の事象になるとかなり微妙になる。
 筋トレする中年オヤジとか、めっちゃお洒落な女子大生とか、普通以上に勉強する大学生とかは、周りに認められたいから!と、理想の自分になりたいから!どっちなのかかなり微妙。
 マズローの欲求段階説はヒエラルキー構造だから自己実現の欲求がための行動をしている人は、承認の欲求を満たしてるよね。ってことは同じ目標を掲げているのに得られてる満足度が違うってことだっ。満足度が高い人間のほうが精神的にも有利だし、時間も効率も一枚上手だと思う。ここでの4が為の人と5が為の人の違いは自分を認められているかどうかの違いだと思う。
 ここでの自分に対する承認は自分がするもの。他人からの承認が一番簡単に自分が自分を承認できる手段だから周りに認められたい!と思っての行動が多いだけ。周りからの承認、評価、尊敬なしに自分が自分を認められたら最強だと思う。この仮説だと自分への承認があって本当に自己実現の欲求へと走れる。他人からの承認が自分の承認への唯一の手段である人は一生4でストップしたままなんだろうな。

記事書きながら、じゃあパチンコしたいのはどの欲から?とか考えたんだけど、あくまでこの仮説は「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生き物である」と仮定したものだから、これに当てはまらない人は議論不可能。

以上勝手な解釈でした。 自己実現理論 – Wikipedia(wiki参照)

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