経験しないとなにも分からない

ちょっとしたアドバイスとか、大事なこととか、「人にこうした方がいいよ」と言われた時、「ふーん」くらいで受け流してしまうことって良くあるよね。で、それを実行しなかったから、なにかしらの失敗をして、「あの人の言っていたことはこういうことだったのか!!!」と、少し感動的に、後から気が付く。

例えば部屋の掃除。
僕が子供の時に両親から、「掃除はしっかりやりなさい!」と言われたから、しぶしぶ掃除してた。でもこの時は、やれって言われたからやっただけで、自発的に動いた訳ではないから、掃除の重要性が全く分からなかった。で、高校生くらいから、自分の部屋に親が干渉することがなくなった時、思う存分自分の部屋を散らかし、とっても不潔な部屋を完成させ、ある種の健康問題を抱えて初めて、「掃除って本当に大事なんだ!! 掃除しないほうが辛いな!!」という事に気が付いた。

掃除と似たようなものだけど、風呂もそう。小学生の時、親に「風呂に入らないと女の子に嫌われるよ。」と言われてたけどイマイチ、ピンときてなくて、試しに学校で昨日風呂に入らなかった事を暴露してみたら、男友達に「お前くっせー!!こっちくんな!!!」と、女友達には「えーーー!!ありえなーい!!!」と言われた。こう言われた時に初めて、世間ってこういうものなんだ、ということを知り、これからは風呂に入らなかったことがあっても、絶対に人には言わないことにしよう、と思った。

勉強もそう。
先生から、復習は大事です!!、と言われてもその重要さにあまり気が付かず、おろそかにしてしまう。で、いざテストになった時に、勉強したことをすっかり忘れてしまっている自分に愕然とし、復習の大事さや、人生の先輩の言葉の重さをひしひしと痛感して、以後ぬかりなくするようになった。

メモもそう。
しっかりメモを採りなさい!!と言われただけじゃ、その重要さがあまり理解できない。いざ必要になった時に思い出せない自分を経験するからこそ、いつでもどこでも、人の話を聞くときはしっかりメモを採るようになる。

バランスのとれた食事とかもそう。
学校で、野菜などしっかり栄養バランスを考えて食事を摂らないと大変なことになりますよ、と教えてもらっても、自分が、超不摂生な生活をして大変なことになる経験がなければ、その大事さはあまり響かない。

ところで僕はこの前まで、日本の大手自動車メーカーが商品にちょっとした問題があっただけで、すぐに無料点検やら回収やらをしていることに疑問を感じていた。些細な問題の為に、その問題を消費者に知らせるための莫大な広告費と修理費を使う必要が本当にあるの?ミスをしたということを公表することってどうなのよ?と疑問に思っていた。
で、今日の話なんだけど、報道ステーションのトップニュースで、化粧品メーカーのカネボウが、使用すると白斑という肌の病気が生じる可能性のある商品を、事なかれ主義で一年近く放置し、一万人近くの被害者を出し、マスコミから総バッシングを受けているのを見ていた。このニュースを見た僕は、「馬鹿な会社だなあ。この会社の商品なんて絶対に買わないわ」と思い、その時に「あ!!!」と気が付いた。自動車メーカーが恐れていたのはこれだったのか!!!と。こういう大きな問題が起こると会社のイメージダウンはすさまじいものになる、ということを理屈では分かっていたけど、心からは分かってなかった。でも、カネボウのニュースで僕が実際に「こんな会社の商品なんて買わねえ」と思った経験があの時疑問だったことを、かなりすっきり解決してくれた。会社が最も恐れているもの、恐れなきゃいけないものは、顧客の信用の損失なのかと。

以上のように、言われただけじゃ分からないことってたくさんある。
というより、この世界のほとんどのことは、経験しないと分からないと思う。

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