物乞いに金を与えるな

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インドネシアには物乞いがたくさん居る。物乞いっていうのはただただお金をねだりに来る人のこと。あまりにも多いから「どうしてこんなに物乞いが多いのだろう?何故彼らは物乞いを辞めないのだろう?」と考えていたらあることに気が付いた。

それは「お金を上げる人がいるから物乞いが減らない」ということ。

働いてないのにお金を与えるな

物乞いの人たちはお金を入れるための袋を持っている。レストランで食事している人や車を運転している人にその袋を差し出してお金をねだる。

彼らは働かない。人様の役に立つことを何もしてない。

それなのにお金を与える人がいる。そういう人がいるから物乞いがいなくならない。誰もが「物乞いをするような人はいなくなった方が良い」と考えているだろう。本当にそう考えているならお金を与えることを今すぐ辞めるべきだ。

働かないで袋を差し出すだけでお金が手に入るという現実があるから物乞いは物乞いを辞めない。物乞いにお金を与える人は親切心でしているのかもしれないが、それは裏目に出ている。

一生物乞いだけで生きていくなんて現実的じゃない。「何が人の役に立つのか」考えて実行して、その対価として初めてお金が貰える。こういうことをちゃんと理解させなきゃ駄目だ。

物乞いが働かないでお金を貰えているうちは仕事をする必要性を感じることは一切ないだろう

物乞いがお金を貰えなくなったらどうなるのか。生きてくためにお金を稼ぐ方法を死ぬ気で考えるだろう。それは靴磨きかもしれないし、エンターテイメントかもしれない。いずれにせよ、社会に有益なものを生み出さなければお金は稼げない。彼らはお金を稼ぐために、社会の為になることをする。物乞いにお金を与えないことはより良い社会を実現する為の選択だ。

あくまで自分のスタンス

上で色々書いてきたが、ぼくがそう思ってるだけであって他の人に強制するつもりはない。ぼくは「物乞いにお金を与えない方が社会の為になる」と考えているから、働かない物乞いにはゼッタイにお金を与えない。

逆に物乞いをしないで働いてる子供にはお金を払おうと思う。アンコットのなかで歌ってる子供の曲にこころを動かされたらお金を払うし、交通整理をしている人にもお金をしっかりと払う。子供が道端でティッシュを売っていたら積極的に買って上げようと思う。(多めには払わない)

インドネシアに来るなら物乞いに対する自分のスタンスをある程度決めておいたほうがよい。ぼくみたいに全く与えないようにするのか、それとも与えるようにするのか。自分の頭で考えて、自分が社会の為になると思う決断をすれば良いと思う。

ぼくは働かない物乞いにはゼッタイにお金は与えない。

では。

 

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